ちょっと「グッ」ときた話

この仕事の醍醐味は、何と言っても、お客様の期待を大きく上回った時の「ありがとう」に尽きると思います。
「どうせだめだろう」「かつらなんて今までうまくいった事がない」・・・等々。その低い期待?を裏切られた(良い意味で)時のお客さまの顔といったら、
こちらでは、そんな話をご紹介です

Oさん(50代)はある部品メーカーの取締役です。
結構な規模の会社らしく、来店するといつも忙しそうに携帯は鳴りっぱなしです。しかもこの方、どうみてもその筋の人(!)のような外見と物腰です。
その為、女性は怖がって担当できず、常に私も含めた男性しか担当できませんでした。

ご契約の内容は、いわゆる「増毛」と呼ばれるもので、髪の毛1本に2~4本を結び付けて、増やしていくというもの。
しかし、Oさんもうかなり頭髪は薄く、増毛では追いつかないのですが、かつらなど薦めようなら「ふざけんなあー!俺にかぶれっていうのかー!!」とたんに大爆発です。
過去にも何度か、勇気ある?男性社員がかつらをお薦めした事があるのですが、大クレームで胸倉つかまれた社員もいました。

なんで、こんなにみんながOさんにかつらを薦めたかと言うと、実はこの方本当は髪形を変えて、ボリュームを増やしたくてしょうがないのです。
いつも数百本の増毛の取付が終了しては、鏡を見ながら「はあー」「ふうー」とため息をついて帰られるのです。
本当は誰かに背中を押してほしいのではないかと、従業員の間では良く話題に上がっていました。

ある日、私が担当した時、技術中には頭の事は一切話さず、技術が終了して個室から退出される間際に言いました。
「Oさん。今まで何度か担当させてもらいましたが、私はこんな事を言うのを最後にするので、聞いて下さい」
「Oさんが、今の髪形と毛のボリュームで良いのなら、このまま続けましょう。しかし、もし本当はもっと増やしたい、髪形も変えたいのなら、私にお任せいただけませんか?」

私が文字通り最後(?)のお薦めをすると、椅子に座ったままOさんピクリとも動きません。そして、すっくと立ち上がり、突っ立っている私の側にやってきました。
そして、うすい茶色のサングラスを外し、私の顔の前10cmまで近づき、私の眼をギロッと睨みつけました。Oさん顔も真っ赤です。「殴られるっ!」と思ったその時、
「やれんのか?」「えっ?」「できんのかって訊いてんだよっ!」まさかの展開です!「やれますよ!やれなきゃ初めっからいいませんよっ!」とこちらもケンカ腰です。

まあ、その後も30分ほどやりとりしましたが、結局かつらをやる事となり、Oさん退店時に「おめえがなあ、やるっつったんだから、キッチリ収めろよ!」
「でねえと、おめえケジメ取るぞ」「??この人本当に普通の人?」と正直、私は気が重くなりましたが、何とか期待を超えるべく、やるしかないなと思いました。

そして、納品当日。相変わらずOさん不機嫌そうな顔でむっつり黙っています。
「では、こちらの商品が出来上がってまいりましたので、これからカットさせてもらいます」Oさん一度も、かつらを見もしません。
それでも作業は、進みます。ほとんどカットが終わって、一旦、かつらを外して、微調整後にシャンプーセットして取付です。
「では、微調整を行なって参ります」「おうっちょっと待てや」「ハイなんでしょう?」「おめえ、こないだの約束覚えているだろうな?」
「ハイ、しっかり収めますよ。大丈夫ですよ」「だったら、いいよ」全く鏡を見てくれなかったけど、どうなるんでしょうか?

実は私には勝算がありました。Oさんバーコード状態の頭だったのですが、他のみんなは普通の分け目をつけた大きいかつらを薦めていました。
そして、私はバーコードのイメージを崩さず分け目をかなり横にした、小さめのかつらを設計したのです。
カットを終えて私の眼には良い出来でしたが、決めるのはお客様です。さて、どうなるのでしょう?

きれいにセットされた商品をOさんに取付して、「いかがでしょう?ご覧になって下さい」チラリとOさん鏡を見て、またチラリと見て、少し驚きつつも見て・・・
あれだけ装着前は、不満顔だったのが、しっかり頭髪を確認するようになり、しだいに食い入るように見て触って、そして「鏡かせっ!」と後ろもチェック!?
ここまで来ると経験上、ほぼOKなのですが、なんせ相手はOさんです。どうくるかは皆目見当がつきません。

10分ほど経ったでしょうか?手鏡を置き、どっかと椅子に座りOさん。「ゴルフは大丈夫か?」「ゴルフ?何の事だ!」私は思いましたが、Oさん構わず喋ります。
「ふー・・・。俺はな、ゴルフが大好きなんだが、プレー中に頭が気になっていっつもスコアが悪いんだ。気にしないでプレーできるかな?」
「ハイっもちろんです。ゴルフの日にはスプレーなど使用すれば、乱れませんよ」途端にOさん、今まで見た事もないような笑顔でこう言ってくれました。

「OKだ。正直言って感動した。あんたを信じてやって良かったよ」Oさん、うっすら涙を浮かべてます。
こちらも思わず涙腺が潤みそうになるのを堪えて、「ありがとうございます。喜んで頂いて良かったです」

その後は落ち着くまで私が何度か担当しました。それからというもの、Oさん少しだけ機嫌良く来店してくれるようになりました。
でも、相変わらず女性社員には怖がられて、男性しか担当できませんでした。

福井

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